音楽を通じて、より良い社会作りに貢献したい

プロフィール

小倉 里奈(おぐら りな)さん

幼少期からピアノやバイオリンに親しみ、海外留学後に就職。

社会人生活を続けながら楽曲制作・ボイスレッスンなどを開始。その後、アーティスト活動を「仕事」にするため一念発起し会社を退職。

シンガーソングライターとして個人名義での活動を経て、現在はユニットを結成し海外向けの楽曲コンテンツを制作・リリースしている。

メンバーとの出会いが夢を大きくした。

在の活躍や、歌に対する心境を教えてください。

2015年から、本格的に制作活動を開始し、2枚の作品リリースと、ライブ活動を行ってきました。

楽曲制作を始めたのが、一般的なミュージシャンの方から比べると遅かったんです。

そのため、個人名義での活動の中では、やりたいことに対して、自分の技術不足から限界を感じる部分もありました。

しかし現在は、メンバーと奇跡的に出会えたことで、表現の幅や、世界観を広げられるようになりました。

おかげで今は音楽が楽しくて、久しぶりに明るい世界の中で生きているなと、感じています。

ジャンルとしては、エレクトロニカ、アンビエント、環境音楽、ポストクラシカル、というものになります。

まだ、日本ではあまり注目されてなくて、どちらかというと、欧米で評価が高いジャンルです。

私は留学経験があり、英語でアプローチをすることが可能なことと、音楽のジャンル的に、海外に需要が多いことから、国外向けの活動を行っていきたいと考えています。

挫折が自分を見つめ直すきっかけになり、あきらめていた音楽の道へ挑戦することを決めた。

元々は日本語・英語・フランス語を操る、超やり手の会社員だったと伺っています。なぜ、わざわざ難しい音楽の道へ進むことを決めたのですか?

超やり手って…ありがとうございます。実は、ドイツ語も少しわかるんです(笑)。

音楽との出会いは、幼少期です。

ピアノとバイオリンを、結構真剣に習っていまして、中学生の時に、シドニー音楽院のバイオリン科に合格しました。

それが、家庭の事情で通えなくなったんです。

その時に、道が閉ざされてしまったと感じて、クラシック自体を辞めてしまいました。

その後、新しくやりたいことを見つけようと、留学をすることにしました。

留学先では、政治学を学んでいましたが、政治学を学んでいくうちに、「様々な社会層の人が、よりよく生きていける世の中にしたい。」と思うようになりました。

そこで、どうしたらそれが実現できるのか考えた結果、国際連合(国連)に入ろうと決めたんです。

それが一度、音楽をあきらめた私の、新しくできた夢になりました。

しかし、日本に帰ってきて社会人生活を送る中で、「現実はそんなに簡単ではない」ということや、自分も「そんな夢をかなえられる器じゃなかった」ということに気づき、自信を喪失してしまいました。

そして改めて、「自分は一体何をして生きていきたいのか?」と、自分自身と向き合った時に、一度はあきらめたはずの音楽でしたが、時間がたっても、不思議と辞めていた時期がないことに気づいたんです。一年も。

それからレッスンに通い、教室主催のライブでグランプリを獲得したことや、会社員時代に掛け持ちで、シンガーとして歌わせていただいていたBARで、小さな成功体験を重ねていくことができました。

そこで初めて、「プロとは何だろう?音楽で食べていくプロのパフォーマンスとは?生活するとはどういうことなんだろう?」と考えるようになりました。

そして、ある出来事をきっかけに、音楽の道へ進む決断をすることになります。

それは、ある日アルバイトをしていた音楽BARで、先輩シンガーのパフォーマンス中に、ふと、お客さんもスタッフも全員が一体になって、『音楽の良さに感動できている』ということがわかった瞬間があったんです。

その瞬間に、

私もそっちの世界に入りたい!

パフォーマーとして、一緒にこんな空気を作り出したい!

音楽が好きだ!

いろいろごまかしてきたけどけど、愛してやまないんだ!

こんなに好きなんだったらやらない理由はない。と思い、

「よし!会社やめよう!」と(笑)。

模索する日々の中で、本当にやりたいことなのかシビアに問いかけられた。

実際に音楽の道へ進まれたわけですが、上手くいくことより困難な場面のほうが多かったのではないでしょうか。これまでを振り返ってみてどうですか?

いざ、音楽で食べていこうと決めたものの、音楽の仕事の中でもオプションがたくさんあって、どの道を選べば正解かわかりませんでした。

その時正解だと思ったものも、2カ月後には違っているという、音楽業界特有の流動的な波にもまれて、1年半ぐらいは模索する日々が続きました。

生活や金銭面でも苦しくなったり、自分のことでいっぱいいっぱいになることもあり、そういう時期は決意というか、大切にしていた信念のようなものが、揺らぎやすくなるんですね。

やっぱりまた正社員に戻って、やりたくない仕事でも割り切って、お金のために心を無にして働くべきなんだろうかと、頭をよぎることは何回もありました。

また、金銭的・精神的余裕のなさから友達にも会いづらくなったり、親に対してもこんな暮らしを想像して育てたはずじゃないはずなのに、と申し訳なさを抱いたこともあります。

周りの人に対して後ろめたい思いをしてまで、音楽は本当にやりたいことなのか?というのを、この時期はシビアに問いかけられました。

現役ミュージシャンからの現実的でプラクティカルな指導。一番参考になったのは「電気が止まった時」の話(笑)

やはり現実ではかなりシビアに、自分自身とさらに向き合わなければいけないのですね。では、Canaria Music Studioとの出会いはどういったきっかけで、どんな影響がありましたか?

社会人生活に違和感を抱き始めたころ、現在のカナリアミュージックスタジオの前に通ったスクールで、島田先生と初めてお会いしたことが始まりです。

島田先生

そこから、音楽で食べていくということが現実味を帯びてきて、実現に向けて進むことになりました。

技術のある先生は、指導力には長けているかもしれませんが、必ずしも、自分の行きたい方向に導いてくれるとは限りません 。

その点で、島田先生は信頼できる存在でした。現役のミュージシャンであることがとても大きかったですね。

初めて、実際に音楽で生活されている、プロのミュージシャンに評価をしてもらう機会を得ることができたことは、自信につながりました。

私はこれまでにも、何人かの先生にボイトレを教わったことがありますが、その中で、島田先生に付いていこうと決めた理由があります。

それは、他の先生に比べて、生徒の個性を理解しようという取り組みをされていたこと。

また、実際に理解していただけている。という実感を得ることができたからです。

恐らく一般的なレッスンでは、先生と生徒の小さい世界の中で、内側にこもってしまいがちになるのではないかと思います。

しかし、島田先生はご自身の現場経験を元に、より現実的でプラクティカルな内容で指導してくださり、それが、「もっと上を目指したい」と思うきっかけになりました。

その出会いがあったからこそ、音楽で生きていきたいという目標につながることができたと思います。

音楽だけで生きていくと決めた時も先生には相談されたのですか?

はい。

特に生活面では、具体的なお話を伺いました。

やりたいと決めて、やるのは簡単ですが、どれぐらい辛いことがあるのか、どういう困難があるのか、というのは現役で実際にやってきた方でないとわからないですからね。

例えば、家の電気が止まった時のこととか(笑)。

周りの友人は、一切音楽をやっていない人たちばかりなので、こういう相談もできなかったし、先生にはとても親身にアドバイスに乗っていただきました。

音楽を通じて、より良い社会作りに貢献したい。

歌の技術面だけではなく、信頼して相談できる相手であるというのは心強いですよね。それでは改めて、これからの夢や目標について教えてください。

いいメロディーや、いい歌詞が書ける時というのは、誰かのためを思っていたり、誰かの幸せを願っていたりする時だって、最近気づいたんですね。

だから、「自分の核はそこだぞ!人のために奏でる音楽を作っていきたいんだぞ!」ということを忘れずに、その気持ちをもったまま、今より大きな活動に広げていきたいです。

「より良い世の中にしていく」という目標を、超やり手会社員(笑)? になって達成することはできませんでした。

でも、その志を引き継いだまま、これまでの海外生活や人生経験、培ってきたスキルを音楽に反映させることで、社会に還元出来たらいいなと思います。

音楽はワールドワイドだし、英語であれば、さらに多くの人にアプローチができます。

少しでも、癒しだったり幸福感であったり、生活に寄り添えるものを一曲200円ぐらいで、もし提供できるのであれば、ある意味当時の自分の夢を叶えることにもつながります。

それを信じてやっていきたい。

音楽で、その夢を叶えたいです。

取材・文:Koh Yamasaki