Good Communication Japanが運営する
音楽を楽しく学ぶ人のためのwebマガジン

【プロフェッショナルに学ぶ】プロギターセットアッパー 石井正人         

プロフィール

石井 正人 / Masato Ishii

(Marzism Guitar & Bass Tune-up Artist)

東京コミュニケーションアート専門学校ギターリペア&クラフトコースを卒業後、国内ギターテクニシャンの第一人者である志村昭三氏に師事する。 数々のトップミュージシャン達に称賛される、師匠のセットアップの神髄ともいえるスキルの数々を直伝。 現在のセットアッパーとしての礎となる技術や姿勢の多くを学んだ。

2002年、フジゲン株式会社にリペアスタッフとして入社。 翌年には自社店舗店長/リペアスタッフ長となり、以降数万にも及ぶギターやベースの修理や、オーダーギターの監修などを手掛ける。 またアーティストリレーションも歴任し、数多くのプロミュージシャンの楽器も手掛けた。

2011年に独立。 楽器のポテンシャルを最大限に引き出し、より良い楽器を仕立てていく「セットアッパー」として、 プロからアマチュアまで、現在も数多くの楽器を手掛け続けている。 2017年には初の著書、「パーフェクト・ギター・セットアップ・メソッド」を出版。

また、東京スクールオブミュージック専門学校(TSM)楽器リペアコースの講師として、 教鞭を執り、後進の育成にも努めている。

※石井正人YouTubeより抜粋

楽器を仕立てる“スペシャリスト”という仕事

道具を修理する人ではなくて、最終的に楽器を仕立上げる人という意識でお仕事をしてるんですよ。

あまり聞き慣れないご職業なのですが、「セットアッパー」とは、どんなお仕事なのですか。

セットアッパーという言葉そのものが、元々ある言葉ではないんですね。
実際、そのように名乗っている方もちらほら聞くけど、その方を真似して名乗っている訳ではなくて、僕は自分で考えてつけた名前なので、セットアッパーっていう業種があるかというと、そもそもないと思います。

ではなぜ、僕がこの言葉を選んで肩書きにしているかというと、皆さんが僕の仕事をイメージする時って、やっぱりリペアマン(修理をする人)という概念だと思うんです。

実際修理することには違いないし、それはあながち間違ってはいないんですけど、僕の精神として、ギターやベースを道具として修理するということではなくて、最終的に楽器を仕立上げると言う意識で仕事をしてるんですよ。

修理は必要だからする。それは楽器として、より良いものに仕立て上げる為に必要だからするって言う考えにすぎない。僕は修理をしたくてやっている訳ではなく、より良い楽器に昇華させて行くためのプロセスとして修理が必要だからしているんです。

大枠でみればリペアマンかもしれないんだけど、その中でもどういう思想や精神を持って仕事をしてるのかっていうことをお伝えしたくて。
リペアマンって名乗ってしまうと、そこが伝わらないと思って・・・
そこからリペアマンと名乗るのは辞めようと思いました。実は他にもいくつか肩書きの候補はあったんだけど、紆余曲折あって最終的には「楽器を仕立てる人」=「セットアッパー」という肩書きをつけています。

持ち主のプレイスタイルやフィールに併せながら、楽器そのもののポテンシャルを引き出していくイメージなんです。

楽器を仕立てると言っても、具体的にどのようなことをされているのですか。

やることは沢山あります。楽器によっても違いますしね。
ただ、楽器を仕立てる前と仕立てた後で何が違うのかと言えば、まずその持ち主のプレイスタイルだったり要望を大切にしながら、その方のフィールに併せていく事。

なので、その方が聞いて心地良いとか、表現したいパフォーマンスが出るように楽器を補正していく。あとはもう一つ別のベクトルから、楽器そのもののポテンシャルを引き出していくようなイメージを同時に持っています。

楽器の鳴り等を引き上げながら、そのプレイヤーの好みに合わせていくということが僕の仕事だと思うし、例えば、ギターだったら、ネックのコンディションであったり、弦高などを調整していったりします。

いい楽器って生き物のような感じなんですよね。生々しいとか、表現力があるとか、反応がいい言うか。

なので、僕の魂を入れている感覚もありますね。

壊れたら買い替え。楽器もそのような判断をする人が増えてきた。時間に対するプラスにはなっているけど、楽器は育てるもの。 本当は長く使うことでプレイヤーとフィットしてきて色が出てくるんだよね。

初心者の方のギターこそ、セットアップが必要なんです。

途中で挫折してしまった人って相当多いのではないでしょうか。

僕のお客様の中にも、レッスンをされている方が何人もいらっしゃってギターを持ってきてくれるんですが、その生徒さんとか、初心者の方からの声で「痛い」とか「弾きにくい」とかっていう理由をよく聞くんですよ。でも実際はそうじゃない。

アコースティックギターだったら、コードFを抑えるのが難関みたいなところがあるじゃないですか。でもそれって、こちら側から言わせて貰えば完全に楽器のせいで、プレイヤーのせいではないと思うんですよ。
ちゃんとしたコンディションで出せば、Fが難しいなんてことはない。もちろんコードフォームは慣れるまでは難しいですよ。でも、そこに更に物凄い力が必要ということは全くないんですよね。

なので、要らない練習をしなければならなくなってしまうし、もしそれがお子様や女性の方だったりすると、絶対的に力が足りない可能性がある。そんなことをやっていたら腱鞘炎になって辞めてしまうかもしれない。それって全く無意味ですよね。

楽器業界の良くもあり悪いところでもあるんだけど、安く提供する分、検査基準や仕上げの水準も甘くせざるを得ない。
だからこそ、初心者の方のギターほどちゃんと手直ししてあげないといけないのかなって凄く思うし、そこから得られるリアクションとか喜びの声って、プロの方のそれよりも実はよっぽどリアリティがあったりするんですよね。

業界全体として取り組まなければいけない問題だとは思うけど、僕の立ち位置としては、少しでもそういうことをお伝えできればいいなと思ってます。

この道を目指すことになったのは何かキッカケがあったのでしょうか。

元々は高校1年生の時だったかな。友達に影響されてギターを始めたんですよ。当時そんなに頑張って練習するような子でもなかったので、めちゃくちゃ上手くなったとかそういうことではないんだけど、それなりに好きでやっていました。

そんな中、進路を決める時期に、まぁ何というか消去法だったのかな。
大学とかはその先のビジョンがどうしても見えなくて、僕は行く意味を感じなかったから、行かなかった。進学校だったからそれなりに勉強すれば行ったかもしれないけど、目的が分からなくて、頑張れるエネルギーが沸かないというか。

じゃあ就職なのか、何か他のモノって考えた時に、たまたまその時ギターが好きだったので、何かギターに関わることをしよう、と思って専門学校に入学しました。

もちろんフロントマンには憧れの気持ちもあったけど、自分のペースで練習したかったし、その時は楽しむことを優先してましたね。
色んなレッスンを受けてとか、興味のない曲にも取り組んで、みたいな過程にもあまりモチベーションが沸きませんでした。

で、その時たまたまギターリペアとか制作クラフトのコースがあって、不思議とそっちに興味が持てたというか。実はそれまでにも自分のギターは、分からないなりにもちょいちょい弄っていたりはしていて。

ぐちゃぐちゃになったりしていたんですけど(笑)

興味はありましたね。

師匠、志村昭三さんの仕立てた楽器の素晴らしさに感銘を受け、「僕もこういう風になりたい!!」と明確に思いました。

1年生の夏休みの時に、のちに師匠となる志村昭三さんが作られたギターでご自身が演奏する機会があって、その演奏してるのを見た時に、衝撃的にいい音が自分の中でしていて、めちゃくちゃカッコいいなと思ったんですよ!

その時にカッコいいなと思ったのが、プレイしている師匠の姿というよりも、この楽器を作って、ここまでセットアップしているその師匠のスキルに憧れちゃったんです。こんな音が出せるの!?って。音に魅了されてしまいました。

こんなことができる人が目の前にいるなんて。

「俺もこういう風になりたい!!」と明確に思ったことを今でも覚えています。

その瞬間から目指すと決めました。

それから、授業がある日でもない日でも、朝から晩までずっと教室に篭って、ギターを弄り回してるような日々を過ごしていました。もう本当にその瞬間からガラッと行動までもが変わって、本気で望むようになりました。

その頃から、師匠が教室に来たらすぐに脇を陣取って、その仕事を一番目の前で見たり、師匠が何かをしようと思ったら、じゃあその工具を誰よりも先に持ってったりとかして。とにかくそういうアシスタント的な動きをしながら、少しでも学ぼうとしていました。まぁそんなことをしてる間に師匠から可愛がってもらえるようになって、専門学校卒業してからの2年間、師匠に弟子入りして学ぶことになったんです。

お仕事でのこだわりや工夫していることはありますか。

あえて言うなら、マニュアル化しないということだと思います。

どんな依頼がきても、必ず自分の目で楽器を見て、自分なりの見解や判断を入れて、どういう修理をしてどのような導き方をすればいいのか。一本一本もちろん違うので、固定概念をもたず、「まぁこれやればいいか」みたいなラインを絶対に作らず妥協はしないということ。

もし自分の技術が至らなかったとしても、その時の最高の仕事をしないとダメだと思っています。

先入観をもたずに、一本一本の楽器に向き合っていくということはやっぱり大事にしていることですね。

また、これは “こだわり” とはちょっと違うかもしれないけど….

ギターを見て仕事をしているんだけど、ギターのために仕事をしているって思っちゃいけなくて。あくまでも持ち主の方の喜ぶ顔をイメージしたりとか、その方が演奏されている音楽をイメージしたりとか。そういうことをしながら、仕事をしています。それがないとやっていけない。

楽器というそのモノを手掛けている仕事だけど、その先の人をいつも意識して仕事をしているっていうのも、それがモチベーションにもなっているし、一つの “こだわり” かもしれない。

別に「仕事」という風に割り切ってしまえばお金を稼げればいい。そんなに儲かるような仕事でもないから、お金や家族のことを考えたら、わざわざこんな仕事しなくてもいいよなって思ってしまうことも、無きにしも非ずなんですけどね(笑)

それでもこの仕事にこだわってやっていきたいと思うからには、そういうのがないとね。単純作業をただ日々こなすだけだったら、おそらく僕はもうこの仕事やっていないと思います。

セットアップの先にある未来を思い浮かべる。

その原動力となっているものは何ですか。

以前会社にいて修理をしていた時って、どうしてもそういう風になりがちだったんですよね。お客様の顔が分からないし、仕事量も多いから、単純作業をとにかくこなしていくしかないというところがあって。

そうなってくると、俺、何でやってるんだっけ?って実際に思ったこともあるし、好きなはずなのに、楽しくない。そんな風に思ったり、この仕事続ける必要あるんかな。やめた方がいいんかな?って思ったこともあります。僕の場合はね。

なので、特にそうやって評価してくださる人を意識しないとできないなって。楽器を良くするだけだったら本当に自己満の世界でいい。お客様が持ってくるギターそのものが、僕の自己満にそぐわないギターだったら、何のモチベーションにもならないし、面白くも何ともないじゃないですか。やる気も全く出ないですよ。

僕も一アーティストとして、そういう表現をしたいという気持ちもあるけれども、それはセットアッパーの仕事ではなく全然別の仕事だと思うんです。

例えば小学生でも中学生でも、初心者の方がね。ギターを始めようと一生懸命練習してる姿を思い浮かべたらやる気が出ないはずがないんですよ。そういうところ意識して仕事をするということがセットアッパーとしての姿勢であり原動力。それしか思い浮かばないです。

今までどのくらいの量のギターを手掛けてきたのですか。

フジゲンにいた頃は、ものすごい量のご依頼を受けていたので、多分、総数でいうと何万本という本数にはなると思います。おそらく年間で2000-3000本位は見ていたので、月200本以上はあったかもしれない。

その時の僕のモチベーションっていうと、仕事終わった後の、研究時間だったんですよ(笑)

仕事をこなすことはもちろん経験にはなるので凄く大事なことだと思ってましたけど、モチベーションというわけではなかった。こういうことを言うと、その当時にお仕事を下さった方々には非常に申し訳ないんだけど、自分としてはそれで繋ぎ止めるのは難しくて。だから休みの日だろうが何だろうが関係なく、時間を見つけてはそういう研究に明け暮れるような日々だったかな。

そういう意味では、1年365日のうち364日はやってたと思う。お正月だけじゃないかな。休みは。

独立してからは本数そのものは減っています。今は量をこなすというより、一本一本に精力を注いでいますよ。

仕事や研究に明け暮れる日々を過ごしていました。

当時の印象に残っているエピソードを教えてください。

会社に入って、割と早いタイミングでリペアショップを任されていたので、ある程度の自由は利いたんですよね。そういう意味でもとことんやってましたね。本当に一番ひどい時は、今でもすごいなって思うけど、週6日で睡眠時間は1日1時間。

その1時間っていうのは、始発の電車でちょうど1時間くらい乗ってたんで、その始発の電車の中で寝てたんですよ。

夜中1時過ぎとかに家に帰って、そこから晩飯食って風呂入って何となく2-3時間潰しながら始発を待って。家で寝ちゃうとそこで起きれないんで (笑)

そんな生活を多分ですけど、1年以上はやってた。1日だけお店が休みの日があって、その日だけは朝寝てました。さすがにもたなくて。

でも朝起きて、お店は休みだけど普通に一人だけ出社して、仕事や研究に没頭してましたね。

何がそこまで石井さんを突き動かしていたんでしょうか。

若い頃特有の突っ走る感じ。もちろんそういうのはあったと思うんだけど、後先考えず周りを一切みていなかった。TVも見なければ、その頃SNSは今ほどは発達していなかったので何の情報も入ってこない。だからこそ、それしか見えていなかったというか。

今もそうだけど、 “極めたい” というかね。そういう気持ちは常にありました。

ギターって木も使っていれば金属も使っているし、塗装もあるし本当に色んなものの複合体だから、研究が止まらなかったですね。次から次に気になることがいくらでも出てきて、自分の中で解決しないと納得いかないというか、収まらないというか。

もしかしたら、興味とか情熱とかそういうプラスのエネルギーだけではなく、やらなければならないみたいな。なぜかそういう感覚を持っていたかもしれないですね。今その時と同じ様にやれと言われても、もう絶対やれないですね。(笑)

お店を任されたのは24歳頃だったと思うんですけど、その頃にはもう部下や若いスタッフが何人もいて、僕はリペアスタッフのトップな訳ですよ。だからもう、駆け足で上に上がって行かなきゃいけないというか。みんなを引っ張んなきゃいけないというか。そういうプレッシャーもあったと思うし、早く飛び抜けたいみたいなところはあったかもしれない。

でも僕は小柄で童顔な方なんで、結構なめられてたんですよね。それも凄く悔しかった。

もちろん今も研究は続けていますよ!そういう意欲が途絶えることはないし、日々間違いなく進歩してる自信はあります。

楽器が少しでも良いものになるようなキッカケを作りたい。

今後の目標や展望はありますか。

この仕事を続けていきながら、少しでもセットアッパーの存在を知らない方やお困りの方々に伝わるような活動をしていきたいなという想いがあります。

昨年末からYouTubeをやり始めたんですけど、僕にお仕事を下さいという意味ではないんです。

僕は完全紹介制で一人でやっているので、残念ながらキャパシティとしては限界があるんですけど、どちらかというとYouTubeを始めることで、僕にフォーカスを当てたいんじゃなくて、こういうお仕事をしている人がいるとか、その存在を知って頂くことで、身近にそういう方を探して頂いたりしながら、趣味でやられている方も、プロでやられている方も、皆さんの楽器が少しでも良いものになるようなキッカケ作りとして、そういう風に繋がっていけばいいなと思っています。

なので自分の仕事が世に知って頂けるように。ということは意識しています。

まだまだ駆け出しの頃の若い方々でも、共に育っていくみたいなところはあるから、この業種全体にフォーカスを当てたいなっていう風に思います。

凄く投げやりな言い方になってしまうけど、身近なこういう方を是非探してみて欲しいんです。SNSで探してもいいと思うし、色んな店舗を回ってみてもいいと思うし。リペアショップは以前に比べると減ってしまったとは思うけど、まだあるので。そういうところで信頼のおける方を探して、より良いミュージックライフに繋げて欲しいなと思います。

僕の場合、直接知っている方からのご依頼に関しては断る理由がないので、キャパシティが受けられる限りは、紹介であれば当然受けます。

線を引きたくないんですけどね。本当は。でもやりきれないし、会社を辞めたキッカケもそういうところにあったりするので。

あとは、一アーティストとしての活動っていうのは長い目でみてやっていきたいと思っています。

これだけ沢山の楽器を見てきて、こういう楽器だったらもっといいはずなのになぁとか。可能性を沢山見出しているつもりなので、それを形にしないと勿体無いじゃないですか。ここまでの経験の蓄積が。

セットアッパーとしてお仕事することも十分フィードバックにはなっているけど、それだけではない僕の自己満をお見せしたい。みたいな。そういう作品を残して、お見せするような機会も作れればなとは思っています。

パーフェクト・ギター・セットアップ・メソッド~自分だけの究極チューニング術~ (シンコー・ミュージックMOOK) 発売中!

https://amzn.to/30qCgKjh

〈おわりに〉セットアッパーとは何か。プロとはどのようにあるべきか。日々研究を重ね奮闘してきたからこその喜びと苦悩。ギターという道具ではなく、目の前のお客様一人ひとりとしっかりと向き合うことで、その先の未来を想像しながら、一本一本に魂を込める仕事。

私も、石井正人さんにギターを委ねる一人として、仕立て上げられたギターの素晴らしさに感銘を受ける。
今後「セットアッパー」という職種が世に広まることを願う。

取材:Takumi Fujishima