「やりたいこと×父の教え」迷った時は難しい道を選べ

プロフィール

坂田 太(さかた ふとし)さん

うんどうルーム代表

順天堂大学出身の体育学士であり、

スポーツ医学の専門家としてリハビリ病院に約22年間勤め、

述べ6,566名の整形外科疾患、ACL術後、脳卒中、心臓病、難病、生活習慣病などを持つ、患者様のリハビリやトレーニング、運動療法の治療に携わる。

2018年、うんどうルームを始動。

■うんどうルーム http://www.undoroom.jp/

歩き方は教えていません

2018年に立ち上げたサービス、「うんどうルーム」は、『歩きコンサルティング』ということですが、これは具体的にどういったサービスになるのでしょうか。

基本的に、歩き方は教えていません。

歩きというのは、生まれて1歳前後で自然に歩くための筋力がついてきて、勝手に歩けるようになるわけです。

その時点で、歩き方は基本的に完結しています。

しかし、日常的な色々な動きの癖、習慣、例えばスマホを見る姿勢などから、筋肉が学習し、姿勢が崩れてしまいます。

その悪い姿勢のままで歩いてしまうと、重力によって負担がかかり、その結果、首や肩が張ったり、腰を痛める、ということになります。

そのため、単純に歩き方を直すのではなく、体に負担をかけている原因を探り、正していくことが必要です。

そこで、私が提供しているサービスというのは、まず、日常のミスに気付いてもらうこと。

その次に、自分で出来るセルフトレーニングを提案し、体を整えることによって、本来の歩きに戻していく。 治すのではなく「戻す」というのがポイントですね。

 自分の個性を知って、「歩き」を通じて健康に!

モデルのような歩き方の「型」にはめていく、ということではないのでしょうか。

そうですね。「歩き方」と言っても、みんながみんな、同じ歩き方をすれば良いという話ではないんです。

モデルの方の歩き方は魅せるための歩き方ですから、「仕事」なのです。

人には、個性というのが当然あり、生まれ持った骨格や、今持っている筋力など、それぞれ違いますよね。

その個性によって、負担がかかる場所も異なりますから、その部分にスポットを当て、まず、自分の個性を知ってもらいます。

その後、習慣を正すことによって、個性で負担になっている部分を、ひどくしないで済むようなトレーニングを提案しています。

体を整えることによって、負担が減り、日常生活を楽に行うことが出来る。 これはとても重要で、健康面での様々なトラブルを事前に防ぐ土台作りの部分となります。

体を整え、自分に合った歩き方に戻していく。ということなのですね。では、この事業のもうひとつのポイントとして、『体育学士やスポーツ学士の方の生業となるシステムの構築』ということも掲げていらっしゃるのですが、これはどういったことでしょうか。

4年制大学の体育学部を修了すると、体育学士という学位が授与されます。

体育学士の就職口として一般的なのは、体育の先生です。

そしてもうひとつは、インストラクターやコーチを始めとした、運動に関わる指導者としての道です。

体育の先生はまだしも、インストラクターやコーチは時給で雇用されることが多く、それだけで生計を立てることは困難です。

健康をサポートするのに必要なことは、運動。

しかし、それに携わり指導して、生活が出来ている、という人は本当に稀なんです。

せっかく、専門的な技術や知識があるにも関わらず、活かしきれていないのです。

また、ジムやフィットネスクラブに通うことには対価を支払いますが、体の基礎作り、健康の土台作りというサービスに対してはボランティアで行われることが多くなっています。

この原因は認知度が低いためであって、体の基盤づくりという、すべての人に喜ばれるサービスでありながらも、きちんとした対価が支払われていないのが現状です。

そのため、私のサービスを通して認知度を上げ、生業となるシステムの構築を行えればと思います。

岐路に立ったとき、思い出した「父の教え」

それでは、少し遡り、事業を始められることになるまでにあったキッカケを伺いたいと思います。元々アスリートの選手としてプレーをされていたのですか?

小学校から中学校までは野球をやっていまして、高校からバスケットボール部に所属しました。

中学校の野球部は、1回戦で負けてしまうようないわゆる弱小で、勝った思い出より、タイヤ引きやケツバット、球拾いをしていた思い出の方が多いくらいです。

また、進学した高校でも野球部はありましたが弱くて、中学とは違いボールが軟球から硬球に変わります。

野球を経験された方ならわかると思いますが、バットで打ったら痛いんです。私、痛いのが嫌いなんですよね(笑)。

でも、勝ちたいという思いと強さへの憧れがあり、高校では野球部に入らず、そのかわり、何でもいいから一番強い部活に入ろうと決めました。

一番強い部活に入ろうと考えたのは、昔から「迷った時は難しい方を選べ」という、父の教えがあったからです。

強かったのはバスケットボール部でしたが、私は中学のとき一番バスケットが嫌いでした。

しかし、部活の見学に行った時に、先輩のプレーをしている姿がとにかくカッコ良くて、「これだ!」と決めました。

ただ、私はフリースローも届かないほどの素人で、チームは本当に強かったので、最初は女子バスケ部に交じってひたすらパス練習でしたね(笑)。

そこでチャレンジしたことで、どんどんバスケットにのめり込んで行き、諦めずに練習していたら関東大会に行け、その時には自分も選手になることが出来たのです。

体育学士を目指すきっかけとなったことは何だったのでしょうか。

高校3年で夏を迎えると、通常は部活を引退し進路決定をします。私も、コンピューター関連の勉強がしたくて、理系の大学への進学を目指していました。

しかしバスケットにのめり込んでいた私は、引退後もバスケ部の練習に参加し続けていて、その進路も危うくなってしまったのです。

そこで、この先を考えた時に、まず、「バスケットを続けるためにはどうすればいいか。」ということから考え始めました。

考えた結果、「教員になればいい。」という結論に結びつき、夏休みに体育大学への進学に進路変更をしました。

親にも「教員になるから」という理由で認めてもらいました。

そこで、縁あって、順天堂大学に進学が決まり、バスケ部へ所属しましたが、大学のバスケ部では当然、自分よりレベルの高い選手もいます。

そこで現実を知り、プレイヤーとしてではなく、指導者になることを決めたのです。

教員になるという、親との約束もありましたからね。

大学では、3年の時に専攻するゼミを選択するのですが、そこで私が選んだゼミが、「スポーツ医学」というものでした。

指導者になるために、より専門的な勉強をしたいと思い、何種類かの選択肢はありましたが、ここでも父の教訓を生かし、その中で一番難しいゼミに入ろうと思いました。

その一番難しいゼミとういうのが、「スポーツ医学」だったのです。

後から知りましたが、実はこのゼミはとても人気で、1年生の時から申し込まないと入れないゼミだったようでした。

しかし、私は希望を提出したという理由で、当然のように授業に参加し運よく認めてもらうことが出来たのです。

そのゼミの教授の考え方にインパクトがあり、その後、現在に至るまでのキッカケとなりました。それが、どういった内容だったかというと、

「筋トレをすると、筋肉痛になる。」

これは当たり前のことだと思うのですが、なんとその教授は、

『適度な筋トレは、筋肉痛にならない』というのです。

それが私にとってあまりにも衝撃で、そこからもっと勉強したいと思うようになりました。

私は小学校の時に、上手くなりたいという思いから本屋さんで「トレーニング革命」だったかタイトルまではっきりしませんが、そういう本を読んだことがあります。

その時は内容がよくわからなかったのですが、ただ腕立てや腹筋を100回するだけでなく、もっと効率の良いやり方があるのではないかと思っていたのです。

また、逆上がりもできなかったのですが、少年野球で腹筋や階段ダッシュなどのトレーニングで体を鍛えていくうちに、ふと、逆上がりができるような気がして、やってみたらできたことがありました。

逆上がりの練習は全くやっていないのに、ある日突然できた。この要因は一体何なのだろうと、疑問に思ったことをよく覚えています。

そういった疑問が、このゼミで学んでいくうちに、「体のルールにきちんと則ってトレーニングすることで解決する」という発見に、驚きとインパクトがあり、「面白い!」と思ったのです。

独立して起業へ。22年の経験が事業成功の確信。

大学を卒業し、勤めたのがその教授が院長である整形外科・リハビリテーション科で、立ち上げから関わり勉強をしました。

ここで私は、22年間トレーナーとして勤務し、理事まで務めさせていたくことができたのです。

この病院では「人の体力」というものに着目し、あらゆる疾患の患者の方に運動処方と言われる、健康づくりのための運動のプログラムを出して実践していました。

その運動処方を、ドクターが直接管理していたのです。

私のような体育学士やスポーツ学士というのは本来、医療とは切り離されて考えられていて、医療分野の専攻でも、「運動」について学ぶ機会は少ないです。

しかし、この病院では「人の体力」を重要視していたため、その分野に特化した人材として、私を選んでいただくことが出来ました。

リハビリやトレーニングが必要な方は当初、「トレーニングを受ける」という姿勢で来院されます。

しかし、最終的には受け身ではなく、自分のために、ご自身でトレーニングを行われるのです。

それを、私のような体育学士の人間が、きちんと段階を踏んで、お手伝いすることにより、無理なく体を整えることができます。

これによって、リハビリの代名詞でもある、「キツイ・ツライ・イタイ」ということを起こすことなく体を戻すことができるのです。

この方法を浸透させれば、悩みを解消でき、リハビリやトレーニングへのイメージを変え、世の中を変えていけると考えています。

通勤などで道行く人を見ていると、健康そうに見えても、辛そうに歩いている方が多くいらっしゃるんですよね。

そういった方にも、私のサービスを提供できれば、きっと喜ばれるのではないかと思います。

治療はマイナスの領域、トレーニングはプラスの領域と呼ばれていますが、私の領域は「ゼロの領域」。

基礎の基礎という部分です。

これは全ての方に共通して必要なことですので、その点を確立していくため、この事業を始めることにしました。

また、この領域に欠かせないのは、体育学士やスポーツ学士の存在です。

私は、体育学士でありながら医療現場で結果を出した経験があり、これまで切り離されていた医療従事者や理学療法士との架け橋になることができます。

そうすればお互いの認識が深まり、広がることで雇用も増え、結果、みんながハッピーになりますよね!

そこで「歩く」ということに焦点を絞った理由とは何だったのでしょうか。

日常生活を行う上で、まず、歩けないと辛い。車いすの方であれば、漕ぐ力が必要です。

体を動かすのは筋肉ですから、まず筋力をつけましょう。というのが病院の方針でした。

筋力がつくと色んな行動が楽になる、というのは想像できますよね。

しかし、病気や症状の原因となる基礎疾患によっては、筋力が多少ついても、スポーツクラブには通えない、という方もいらっしゃいます。

そういった方の中には、私の勤める病院へトレーニングに通われ、22年間ご一緒した方もおり、様々な疾患の方と関わることで、ある共通点に気づいたのです。

それは、年齢や性別、疾患に関係なく、体が整った瞬間に、「ある一定のテンポで歩くようになる。」ということでした。

歩く速度は、筋力の差もありそれぞれなのですが、共通するのは、「歩き方」ではなく、「歩くテンポ」だったのです。

さらに歩くことに注目すると、そこには人それぞれの個性があることがわかりました。

もともと生まれ持った骨格の違いから、日々の行動習慣、動きの癖、筋肉の状態に至るまで推測ができ、健康状態をチェックすることができるのです。

歩くことが苦にならいないような体作りができれば、日々の行動が楽になり、病院に行くことも防げます。

そうなると、医療費の削減もでき、病院での待ち時間も減るなど、自分だけでなく周りにとっても、良い結果になるのではないでしょうか。

厚生労働省で健康的な一日の目安は8000歩と発表がありましたが、一日8000歩×100歳だとしたら、何歩ですか?

想像もできないほど歩くわけです。

その歩く質が、自分にとってプラスになる方法があったら、嬉しいですよね。

特別なことをやって何かを付け足すのではなく、一日一歩を大事にするように、もともと持っている本来の能力を発揮できるようにしていく方が、無理なく進めることができます。

さらに、その認知度が広がり、多くの人に伝えられるようになれば、専門家もハッピーです。

歩くことにはたくさんの希望が詰まっているのです。

相手を想い「伝える」ために本来の声に自信を

歩くことに着目し事業を始められた坂田さんですが、声について学ぼうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

最近では、フィットネスクラブやスポーツジムなどが増え、器が出来つつあります。

特に年齢的に若い方の所属したいという欲求は高まり、需要が増えています。

その中で、私の行うサービスというのはハード(入れ物)ではなく、ソフト(中身)の部分になります。

そのため、これを多くの人に「伝える」ことが必要になります。

これまでにも、トレーニングの授業やセミナーなどで、人前に立ち、説明をする機会はたくさんありましたが、きちんと私の伝えたいことが伝わっていなければいけません。

そこで、まず、自分の言葉がどう伝わっているのか知る必要があったのです。

これまでの経験で、私の名前「ふとし」が「ひとし」に聞き間違えられたことも1度や2度でなく頻繁にあったので、そうすると私の気づかないうちに、どこかで誤解を与えているのではないかと思いました。

その時にある勉強会で島田先生とお会いし、「伝える」ことを教えてくれるサービスがあるということを知り、申し込んだのです。

申し込んだ時は、すでに独立をした時期だったので、集中してトレーニングするため、3カ月間、毎週通わせていただきました。

レッスンに通われてどんな変化がありましたか?

レッスンに通うことで、自分の発声の癖が明確になりました。

例えば、私は、無意識のうちに力を抑えて話していたようで、それは虫歯により、年齢も重なったことから、口臭を気にしていたことが原因だったのです。

また、気になっていた名前の発声については、間違っているわけでなく、特に問題がなかったということも知れました。

さらにレッスンを重ねていくうちに、「声が出せている」と感じた出来事があったんです。

私は、娘の剣道部のフィジカルコーチもしているのですが、ある日、道場に自分の声が響き渡る感覚を得たのです。

力いっぱい声を出しているわけでもないのに、道場全体に自分の声が響いていることがわかりました。

その感覚をつかんだ時から飛躍的に進歩し、異業種交流会のプレゼンでも、通常は1分程の時間のところを10分もらえるチャンスをいただけ、その後、200名の前でも話すチャンスをもらうことができ、伝えられるという自信がついたのです。

私のプレゼンを聴いてくださったことがきっかけで、習いたいという方もいらっしゃり、プレゼンを習う社長仲間も増えました。

いつもはトレーナーとして教える立場の坂田さんが、声のトレーニングを受ける立場になったことで得た、気づきはありましたでしょうか。

そうですね。歩くというのは、足だけでなく、体全体を使う運動です。

それに対して、発声というのは口だけだと思っていましたが、こんなに細かくやることがあるのか。というのが驚きでした。

「歩き」は、ひとつのゴールとして設定しています。

そこに向けての準備をし、土台を作った上で歩いていく、というのが理想です。

私は体を整えることはできますが、無意識の癖で声を出すことを抑制していました。

歩くことにも、話すことにも、日常の中で自然とついてしまった癖があり、それらを取り除き、戻してあげるという過程は共通しています。

本来の自分が持っている力を引き出せるような土台作りが、やはり重要なのだと改めて気づきました。

ここち良い歩きで、日本の元気を支え続けていきたい

「歩く」ことにも「話す」ことにも、本来の力を発揮させる土台作りが重要となるのですね。それでは最後に「うんどうルーム」は、今後どのようなサービスでありたいとお考えなのでしょうか。教えてください。

今、お会いしたい方の中に、向井千秋さんがいます。

この方は宇宙飛行士で、重力と体の関係を体感した方です。

向井さんの本で、「宇宙飛行士は早く老ける?―重力と老化の意外な関係」という本があるのですが、私のサービス、「歩く」ということも、重力と密接な関係にあります。

老いていく過程は人それぞれですが、老いを悲観的に捉えるのではなく、その老いを楽しめるような体作りの準備を、お手伝いをさせていただければと思っています。

また、特に現役世代の女性や親にとっても、体を整えるということはとても大切です。

小さい頃、「姿勢が悪い」と怒られて育った方は多いと思いますが、子供は親の姿を見てマネをして育ちます。

子供に伝えられる歩きをすることで、体のトラブルを起こさない健康的な予防を、親も子もすることができるのです。

さらに女性は今後、社会進出をする機会が増えると思われますが、体の仕組みから体調を崩しやすい面もあります。

女性が元気に活躍できる土台作りを行うことで、今後の社会の発展にもつながるのではないでしょうか。

そしてそこでは、体育学士や、スポーツ学士の活躍が必要不可欠となります。

その認知と地位を確立し、皆様の健康のお役に立てるようなサービスを、これからも広めていきたいです。

取材・文:Koh Yamasaki